好きだったきみはもういない。もうこの世にはいないのだ
空を見上げても、もうきみはいないのだ。うたた寝をしていても、ぼうっと気怠そうに窓の外を見るきみを見る事はできないのだ
僕はこれから、こんな世界で生きていく必要があるのだろうか。生きていかないといけないのだろうか
置いていかれたぼくはなんてかわいそうなのだろう。世界の誰よりもきっと、虚しく惨めでかわいそうだろう。まるで溶けたあいすのようだ、あかいまま放置された鉄のようだ
溶けて、溶けて、形が保てなくなった先にはなにがあるのだろう、ずっと黒色でいたいだけなのに、ぼくは、ぼくは。
きみの傷だらけの脚がすきだった、僕も一緒にきみの脚を傷付けてあげたかった、噛み付いてあげたかった
きみが、脚に蝋を垂らしたり果物ナイフで切ってみたり、はたまたホチキスでとめてみたり針で刺してみたり、よくそんなにも自分を傷付ける術が思い浮かぶなあと思いながら、ぼくはただ隣で見ていたんだよ
心配でいたたまれなくなってぼくが側にいてくれていると、そう勘違いしてるきみがとても愛おしかったんだ、そんなきみをこれからもそばで見ていたかった
きみの目がすきだった、一重でなにを考えているかわからない、ぼんやりした瞳が
長いまつ毛が邪魔をして、鬱陶しそうに眼鏡をかけているきみの仕草がすきだった
瞳に反射して映るぼくはいつも通りの黒色だったけれど、きみの瞳の中で生きるぼくはすこしだけ色味を帯びているような気がしたんだ
寝ている間、こっそりその長いまつ毛と滴った涙の跡をなめていたこと、気付いていたのかな
大好きだったきみの脚も瞳も全部全部、もう焼かれてしまった頃だろうか
きみの苦しみも痛みも生暖かい涙も、全てぼくが感じたかった
叶うなら、ぼくが全部食べ尽くしてあげたかった
瞳だって、隅々まで味わいたかった
きみが願うなら、代わりに君を傷付けてあげたのに
ぼくならきみの痛みも苦しみも、全て愛することができたのに
きみは、君を傷付けなくても生きててよかったのに
僕なら、きみの全てを包み込んであげることができたのに
きみはもう、いないのか
ぼくの中のきみも、いつか黒色になってしまうのか
一緒に溶けて、同じ色になってしまうのだろうか
溶けた先になにがあるのだろうか、きみはなにになるのだろう
一緒に同じ色に、なりたいよ
きみも黒色に、なってほしいから
だからどうか、どうかお願い。
ぼくを置いていかないで。
「ねえ知ってる?昨日そこで黒猫が死んでたんだって」「ちょっとやめてよ」「それってあいつが飼ってたやつ猫だったりして」「ねえ、気味が悪いこと言わないで」「あはは、そんな訳ないでしょ(笑)」「そうだよね」「うん、そうだよ」「うん」